浅生ハルミンさんとはマルゲリータ(ピッツァ)を食べながら打ち合わせをしました。
今号でも書き下ろし小説で、できればいままで書いたことのないようなテーマで...そんな私の依頼に、浅生さんは見目麗しくYESの返事をくださいました。ハルミンさんといえば世の中では猫、読書、最近ではこけし? ええ、ウチでもそれらのテーマで書いてもらえれば、ついでに作画なんかもお願いしてみると、ウチの媒体PRや売り上げにも...、とは考えないのがWitchenkareなのであります!
すでに仕事として成立しているものは、それに相応しい舞台で発表されるべき。小誌は実験的に種を蒔いてみるような、未来への試しの場に使ってもらいたい。ちょっとまえの流行りことばで言うといかにも「持ってる」って感じの浅生さんですが、ねえ、じつはまだまだ持ってるでしょ!? それをチラッと見せてみてくださいよ、とそんな思いで無理なお願いごとをしてみたのです。そして、もし芽が出て莟がほころびそうになったら、きっとまたそれに相応しい舞台が、どこかに用意されるはず...。そういえば、いつだったか「桂馬が効いてますね」と浅生さんに話したことがあったなぁ。いや、私は将棋、こどものころちょっとやっただけで全然下手くそなんですが、うまいやつになにげに桂馬で王手されて、逃げたらその桂馬が(あの独特の動きで)金に成ってさらに追い詰められて、「...参りました」と。
今回の作品を読んでドキッとした人がいたら、もう一度浅生さんのイラストを見てみるといいのかも。あのぱっと見ほんわかした画風は、ものすごく精緻に構図を捉えています。対人関係でもしっかり透かしてるんだなぁ、相手の外見も内面も。そのうえで、いつも気さくで聞き上手で奔放トークでも返り血を浴びなさそうな雰囲気なのは、つまり「ちゃんとした大人」ってことですNE。
浅生さんが寄稿してくれた「ひそかなリボン」を、ご自身はブログで「黒いです。」と書いています。たしかにね...。あっ、でも私は「暗闇の向こうを目指す再生の物語」と読んだな。そして、ブログの同記事内で紹介されている、「すばる」5月号掲載の「記憶をなくす」という紀行文は、私がいままで読んだ浅生さんの作品で一番好きかもしれない、すばらしいものでした。
好笛から連絡をとらなければ陽治から電話がかかってくることはなかった。しばらく会っていない時間が過ぎて、ある日、好笛は陽治が個展を開くことを人づてに知った。最終日に雑踏を抜けて会場に急いだ。陽治が姿を見せて、「好笛しゃん。よくお越しくださいました。帰りに夕ご飯でも食べません?」と誘ってきて、久しぶりに食事をした。駅から少し離れたところにある、小さなカウンターがあって小綺麗な盛りつけが得意な料理店を好笛は選んだ。個展のお祝いだからご馳走すると言って。
「好笛しゃん、お仕事順調ですか?」
「はい、順調です。昨日も徹夜で大変だったぁ」
「あなたのようなお仕事は、お金をもらってなんぼですから」
好笛は何も云わず小皿にすだちを絞った。わたしにとってのお金の意味は、あなたにとっての自分を助けてくれる人と同じよ。銀行口座に振り込まれるか、こんにちはって歩いてくるかの違いよ、と好笛は口に出さずに抗った。
「あなたと僕は似ているんですよ。僕はあなたと話していると緊張する。人を怖れているところがあるんですよ。僕たちふたりとも受け身ですから。一緒にいても何も面白くないんです」
陽治は態度の悪い生徒を諭す生活指導の教師のような口調で言った。
「そうですね。似てますね」
もうわたしの成績はついちゃったんだ。わたしは不合格だったんだと好笛はうつむいた。このひとは自分と似ているひとは嫌いらしい。そう思った途端、陽治のことが墓石のように見えた。好笛がお手洗いに行っている間に会計はすでに済ませられていて、そのことも好笛には淋しく感じられた。
最寄りの駅まで歩くうちに、陽治はまとめるように話した。「今日会えてよかったです。もうこれで僕もお仕事から卒業ですね。本当にありがとうございました。僕も不器用なたちで、終わらないと次に進めないですから」
陽治は好笛に握手を求めた。握手をしたらもう終わりだ。好笛はゆっくりと、まるで朝顔の蔓が一晩で成長する映像のスローモーションのように、ゆっくりと右手を差し出した。夜空のむこうで誰かを乗せた飛行機がゴーッという音をたてて通り過ぎていった。そして好笛はひとりになった。
〜「Witchenkare vol.2」P130〜131より引用〜
Vol.14 Coming! 20240401
- yoichijerry
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