...なんだよ、この週末と年度末が重なってる超クソ忙しいときに! 今年はもうこないかと...でもまあ、ちょっとは期待してたんだけれども。ちなみに昨年彼女がきたのは2017年3月30日で、カゴイケさんの話なんかをしてた。
「今年も出るんだ。もう第9号か、続くねえ」
「2010年4月1日創刊。ちなみに震災直前の2011年2月24日に『ミニコミ2.0』という本が出てて...あの頃はまだ紙の雑誌に明るい未来があって、私も若かった」
「勝手にしみじみしてんじゃねぇーよ。まっ、とにかく今年も四月バカの1冊は出るわけだね」
「そう。もう取次さんを介して書店さんに配本済み。でも、いまはその書店さんもいろいろ大変な時代で...」
「だから、しみじみしてないで、もっと前向きにいこう。平成も終わるし、再来年は東京でオリンピックだぜ!」
「あなたの、その根拠のないポジティヴさがよくわかんない。けど、今年も大充実の本になったから、隅々まで読まないと殺す! じゃ、またね」
いつものように脅迫して彼女は去った。前のオリンピックのインフラで育った僕は、ちょっと表紙のイメージが変わった印象のウィッチンケア第9号をじっくり読み始める。
表紙は...緑っぽくてなんか不思議な感じ。アマゾンのページで<この画像を表示>させて拡大すると、なんだ、東京ではないですか。写真家の菅野恒平が撮影した作品。「奈良原一高みたい」「ラスタっぽい」という感想が、発行人のもとに届いているらしい。
ロゴとアイキャッチも、デザイナーの吉永昌生がリニューアルさせた。
今号のキャッチコピーは「これまでとこれから」。なんか、SMAPの「夜空のムコウ」がBGMに似合いそうだ。
ページをめくるとwords@worksとの文字。作品の言葉、との意味か。その下には脈絡のない文章の断片...そして対向面の写真は、よく見ると「今でしょ!」の先生の学校が。
<目次>には、34の人名が同じ大きさで並び、各名前の下に掲載作品のタイトル。作品名より人の名前が上なのは、創刊以来変わっていない。
今号で先陣を切るのは、36歳になったばかりの宮崎智之。原稿執筆中は35歳で、自分のいまの年齢を極私的に考察している。柴那典は田中宗一郎との長い対談で垣間見せた、音楽分野以外での一面を醸す1篇を。長谷川町蔵の小説に登場するのは、絢爛豪華&懐かしい人。写真家・長田果純のエッセイは、インスタグラムの素敵な写真がテキスト化されたような味わい。小川たまか(もうすぐ単著発行、とのこと)の小説は、軽やかさの内に男女の違いが浮かび上がる。円堂都司昭は前々号、前号に引き続き異形のモンスターを細やかに解読。闇のエキスパートにしてホモルーデンス・中野純は、闇の中での新しいスポーツの楽しみかたについて。仲俣暁生は本にまつわるエッセイですがオフコースが登場したり...これは恋バナではないですか! 西田亮介は著書「なぜ政治はわかりにくいのか 社会と民主主義をとらえなおす」にも通じる人生100年時代の考察。「野宿野郎」のかとうちあきは、同誌ではあまり語られないセックスに向き合った小説を。アンジェラ・アキをサブタイトルに掲げた矢野利裕は学校空間の音楽を語る。多田洋一(発行人)は「8ビートのロックはもうプレイリストから外したい」みたいに主人公がのたまう小説を。今回も摩訶不思議なインタビューを仮装構築した武田砂鉄。柳瀬博一のメディア論には、かつて一世を風靡した「これだけですよ」の竹村健一が登場する。無頼な作風が艶やかな荻原魚雷は住宅問題に個の立場から言及。武田徹は吉本隆明の詩人としての一面から「共同幻想論」を改めて読み直す。吉田亮人は写真家としての表現について、影響を受けた荒木経惟の思い出とともに。美馬亜貴子はアイドルとファンの関係性を小説で描いた。「東北ショック・ドクトリン」著者の古川美穂は、なつかしい...いや、おっかない居酒屋についての小説。小誌の校正/組版を手がける大西寿男は校閲先生の日常生活をユーモラスな掌編にまとめた。朝井麻由美の小説は微妙なバランスで成立した友情(?)を描いている。西牟田靖のノンフィクショナルな小説には現代社会の閉塞感が宿っている。谷亜ヒロコの作品からは、SNSでの心理状態が浮かび上がってくる。久山めぐみはロマンポルノを題材に、性にまつわる表現を論考。須川善行はデレク・ベイリーのインプロヴィゼーションについてかなり突っ込んだ持論を展開。スタイリスト経験のある「渋谷系」著者若杉実は、服飾に関する視点が細やかな1篇を。藤森陽子は台東区にある素敵なカフェの魅力を語る。開沼博は文京区本郷周辺の変遷を、社会学者の視点で見つめ直してみた。木村重樹は影響を受けた澁澤龍彦、コリン・ウィルソン等について再考。久保憲司の小説には、若き頃の町田康(町田町蔵)にまつわる逸話も登場する。東間嶺はネット上のバトルを題材にしたリアリティのある1篇を。松井祐輔は時代とともに数奇な運命を辿る本のクロニクル。ナカムラクニオの小説は日本語と英語で描れたインターナショナルな作品。我妻俊樹の作品は光、夜、雲、寿司、スーパー、橋...夢のような町をわたしと同行者がさまよう。
34篇の書き下ろし後に、今号に関わった関係者のプロフィールを掲載。奥付があって、さらに、またwords@works。その下には脈絡のない文章の断片(←これらはすべて作品内の一節/もし帯が付いていればそこに掲載されていたかもしれない)。
裏表紙もまた東京の風景……こんなに読み応えのある本が1,000円なのには驚いたし、ISBNで取次会社や注文方法も判明した。
しかし、今回も繰り返すが「ウィッチンケア」とは、なんともややこしい名前の本だ。とくに「ィ」と「ッ」が小文字なのは、書き間違いやすく検索などでも一苦労だろう。<ウッチンケア><ウイッチンケア><ウッチン・ケア>...まあ、漫才のサンドウィッチマンも<サンドイッチマン>ってよく書かれていそうだし、そもそも発刊時に「いままでなかった言葉の誌名にしよう」と思い立った発行人のせいなのだから...初志貫徹しかないだろう。「名前変えたら?」というアドバイスは、ありがたく「聞くだけ」にしておけばよい。あ、でも今号では片仮名表記もロゴ化して見やすくしてある!
そしてそもそも「ウィッチンケア」とは「Kitchenware」の「k」と「W」を入れ替えたものなのだが、そのキッチンウェアはプリファブ・スプラウトが初めてアルバムを出した「Kitchenware Record」に由来する、と。やはりこのことは重ねて述べておきたい、とだんだん話が袋小路に陥ってきたので今年はこのへんにて。
そして、今年は諸般の事情で第3号から毎年恒例の、寄稿作内に散りばめられた言葉をちょっと恣意的にピックアップしてリンクを貼っていくのも、同エントリーにて。以下が今号の「ウィッチンケア第9号と88の言葉」です。
村上春樹/本田翼/セクシャルハラスメント/91分け/不気味の谷/バタフライ・エフェクト/何ひとつ諦めたくない/非ユークリッド幾何学/松川ナミ/納豆ご飯/陰翳礼讃/看護師/ロングテール/コロッケ/バズる/近江屋洋菓子店/よろず評論家/さわり/裁断/西川成子/校正刷/消えもの/ナンバーディスプレイ/かねやすビル/ゼロックス写真帖/東電/カラオケ館/意味/生レバー/皇居ランナー/センチメンタルな旅 冬の旅/社会ダーウィニズム/スプーン曲げ/源義平/吉永小百合/プライリー・バランス/音楽の三要素/付き合う/西荻窪/日本の古本屋/ブラフマン/ジャミラ・ウッズ/パック寿司/恋人たちは濡れた/マクドナルド/山﨑さん/エモい/諸帝国の滅亡/黒電話/ネオリベ/サイボーグ009/ジェレミー・コービン/マクルーハン/秋山さと子/クォンタム・ファミリーズ/吉本隆明/国営ナニー制度/ビフォア・サンセット/よもつへぐい/転職エージェント/固有時との対話/昭和歌謡/ベランメエ/風俗嬢/人生100年時代/余生の文学/散歩/銀座線/グランデ/嗚咽/ジョン・ゾーン/インゴルシュタッド/マッキンゼー/菖蒲綱引き/ジノリ/吉見俊哉/タイムズ・ハイアー・エデュケーション/新風館/マダム・エドワルダ/オタ顔/夜行性動物/ENEOS/安彦良和/金継ぎ/灰になる少年/怪獣のバラード/ワンルーム
上記の言葉にぴんときたら、どんな使われ方をしているのかぜひ小誌を手にとり確かめてください! これらの言葉を使ったのは、以下の34名。どうぞよろしくお願い致します。
【ウィッチンケア第9号寄稿者】
我妻俊樹/朝井麻由美/円堂都司昭/大西寿男/小川たまか/荻原魚雷/長田果純/開沼博/かとうちあき/木村重樹/久保憲司/久山めぐみ/柴那典/須川善行/武田砂鉄/武田徹/多田洋一/東間嶺/中野純/仲俣暁生/ナカムラクニオ/西田亮介/西牟田靖/長谷川町蔵/藤森陽子/古川美穂/松井祐輔/美馬亜貴子/宮崎智之/谷亜ヒロコ/柳瀬博一/矢野利裕/吉田亮人/若杉実(34名/五十音順)