2010/07/07

人のまえでしゃべること

先日、ある方からの依頼を受けまして、大学の授業で1時間強ほど「自分の仕事」についてしゃべってきました。最初は「えっ? なんで私が!?」と思いましたが、まあ、「出版界にはいろいろな仕事をしている人がいる」ということを、未来のある若い人たちに知ってもらうための一環というか、そんなことなのだろうな、と私なりに理解してのことです。

私の通常業務での仕事は、創業(!?)以来ずっと裏方、というか、スタッフワークです。ちょっとまえにある方と話をしていて「あなたはずっと『のりたま』としてキャリアを重ねているんですね。私は袋の裏に記されている成分表示です」と説明したのですが、つまり、ある出版物に私の名前がクレジットされていたとしても、それは「のりたま」という名前の製品における胡麻、鶏卵、海苔...あるいは、着色料や酸化防止剤のようなもの。

「学生さんって酸化防止剤の話、興味ありますかね?」ってな気分でしたが、でも「のりたま」を賞味期限内おいしく保っているという役割のものも世の中には存在するのだ、ということで...まあ、私のしゃべったことが、若い人たちに反面教師的にでも伝わればいいなと思っていました。

私は常日頃から口数の多い男ではありますが、いままで自分の仕事に関して不特定多数の人のまえで話した(り書いたりした)ことは、ほとんどありませんでした。法螺を含んだ「ビッグな発言」「エキセントリックな発言」はよく用いますが、それは相手の顔が見える場所(会議だったり)での密室的なもの。プライベートでは音楽の話かエッチな話...まあ、そんなことはいいか。

実際にしゃべっている最中に、自分のなかの「自分のある部分」に気がついておもしろかったです。それは「しゃべらないでいる状態」では私のなかで判断保留のことがら、どっちとも決めかねているから「それ以上考えないでいる」ことがらについても、けっこうバサバサと白か黒かに決着つけて言葉にしちゃうんですよ、自分。まあ「それが人のまえでしゃべるってことだよ」とそういうことに慣れている人から言われたら、そのとおりですね、としか...、なんですが。

少し時間が経って、過去に同じ体験をしたことがあったな、と思い出しました。もうずいぶんまえですが、外国人相手(特定の1人)に、自分の仕事について英語で1時間弱説明したことがありまして、そのときも「私の仕事は○○を○○することだ」「○○さんは偉大な人だ」「仕事を通じて○○したい」などと断定的にしゃべりながら、どこか「へ〜、オレって自分の仕事や知り合った人についてこんなふうに決着つけていたんだ」と、自分を他人が話しているように感じていたっけ。母国語じゃなくてボキャブラリーも少ないんで、バサバサと。

学生さんたちにはなるべく率直にしゃべろうと思っていました。おおむね「ほんとうのこと」を言葉にしてきたはずです。諸般の事情で多少の脚色/隠蔽もおこないましたが、それは職業癖(広告とかノベライズとか)だしなぁ。...そして私のおしゃべりを聞いた人は、そこでの言葉をもとに、私という人間を理解(判断)する、と。

あっ、もちろんWitchenkareについてもちゃんとしゃべってきました。私がなにを思ってつくることにしたのか、どうやってつくったのか、できあがってなにがどうなのか、そのことについて自分がいまどう思っているのか等々。ふうん、自分、そう思っていたのか...ウィッチンケアは私にとって「のりたま」です。そして、他の寄稿者の作品は、それぞれにとってなんなのだろう、とも。まあ、そこにあるかもしれない齟齬も抱え込んでの、モノとしてのリトルプレス(雑誌)だと考えています。

前回の書き込み後にも、いくつかのお取り扱い店の方とやりとりをさせていただきました。皆様のご厚意に感謝致します。そして引き続き、私にできることを、やっていかなければ! みなさん、この夏はぜひ、Witchenkareを入手して読んでくださ〜い。

【追記】
当日のレポートを木村重樹さんがサイトにアップしてくださいました。どうもありがとうございました&よい経験をさせていただいたことに、感謝!
http://www.wako.ac.jp/sougou/oldblog/blog/00528/2010/08/post_190.php

(2010年08月17日)

Vol.8 Coming! 20170401

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